そういう生き方しかできない

病気は落ち着いてきた。そしてそれと共に燃え尽き症候群様の症状も回復した。病気だったんかい、全部。前の会社を病気で退職したまであるよ。

一時は病気のせいで新しい会社も辞めるかと思ったが、なんだかんだ働いている。

今はそれなりに楽しく仕事をやっている一方、冷静に会社を観察してここは長居するところじゃなさそうだな、残念だな、と思っている自分もいる。

n年前、新入社員だった頃はギリギリハラスメントがあったけど、それでも大っぴらに行なわれるものではなかったが、入社してから4回くらいハラスメントとカウントして良いなーというものがあった。多すぎ。こないだは事業上のリスクを報告したら機嫌の悪い社長から「いい、そういうのは。時間の無駄」と言われた。報告しても報告しなくても問題が起こったら私の責任になるらしいと周りの人が言っていた。この会社はそういう仕組みらしい。やべー。これって流行りのティール型組織ですか?違う?じゃあなんて名前の組織ですか?

それでも前の会社より小さくきびきび動けるし裁量もあるので仕事自体は楽しい。というか前の会社はほぼ毎日がたのしい英会話教室状態でまともに仕事出来てなかった。それと障害対応と。さらにハリーポッターとパラシュート老人の世話。だからしばらくここでリハビリをしてそこそこに成果を上げて、有能だと勘違いされないようにときどきサボりながら、適切なタイミングでいつでも辞めれる準備をする。

私は帰属意識が強くて会社の存在自体にコミットしたいタイプなのだが、どうしても本心からそう思うことがこの会社は難しい。ま個人的には楽しいけど、この先人生を捧げようとかなかなか思えない。だから周りにも干渉しないし好きにさせておけば良い、そういう人間関係でいい。

そう思っていたが、職場の若者が仕事が辛いと泣いていたのが放っておけず相談に乗ったり、その上司から彼女をよろしくとか言われたり、流石にこれは職場環境上良くないということを人事に通報してしまったり、おすすめのキャリア本を共有してだから君は今は無理に転職をするよりも仕事の余白を作りなさいと言ったり、だめだ、全然他人に干渉している!そして人事に通報された腹いせでパワハラを受けたりしている。

そして先日もこんなの顧客のためにならないだろ!としずかにキレてしまい、なにがこの会社には長居しないだよ、と怒りが落ち着いてから思った。


少し前、まだ寒い日に、久々に恩師に会った。学生時代から全く老けなくて世界一バーバリーのトレンチコートが似合う巨人だった。🧥

私は近況と実家の呪われた血の話をした。無駄な正義感で身を滅ぼす血。先生は定年退職した後、十数社の企業顧問を掛け持ちしているらしく、どこの会社はこう、など教えてくれた。なんでどうしていろんな企業に?と聞くと「放っておけないんだよね」と言った。そして私の呪われた血に逆らって生きていかないとバカバカしい、という宣言を「無理だよ、それをやると余計ストレス溜まるよ」と一笑に付した。

結局私はこういう生き方しかできないのかもしれない。

日記 2026/02/23

AIでプログラムを書いたりすることが増えてきた。プログラマでもなく、エンジニアでもなく、PMなのだけど、仕様書を書くよりもこういう物です、というのを作って見せる方が説明が早かったりする。

5,6年くらい前にエンジニアを続けるか上流側にシフトするか迷って上流に行ったが、エンジニアリングで1番楽しいのはプログラムを書くことだったので、エンジニアのままこの時代を迎えていたらどういう気持ちだったかな。

AIの書いたコードを理解しなくても作れれば良い、いや、理解した方がいい、という議論が両方あるけど、プロダクトを長期的に運用していくなら一切理解しないで続けることは難しいのではないかと思う。今の時点では。もう少しAIが進化したらどうだろう、ロードマップまで示しておけば、その前提で設計までしてくれたりするのだろうか。bugfixも、とりあえずの処置じゃなくて、今後の方針を踏まえて良い感じにやってくれるとか?今も実はそういうことができるのかな。試してないけど。

少なくともエンジニアやプログラマーは書いて終わりじゃなくて、その内容を承認してリリースして責任を取ることの比重が上がってくるはずで、これをやりたくなかった人達にとっては辛い時代だろうな、と。

それを見て、自分が向いているとか好きだなと思っている仕事を得られてたとしても、時代がそうあり続けることを許さないんだなと。そのスピードが加速しているだけで、仕事の本質というのはそういうものだったんだと気がついた。


何にせよ、われわれはもっと深く技術のことを学ばないとIT周りの仕事を続けていくのはしんどいんだろうなー。製造現場みたいに、人間が見てOK/NGを判定する仕事になっていき、最終的には高精度センサー的な存在が現れて、それすらも奪われるのかもしれない。そこで人間ができるのはボタンの制御くらいやドアを開けたり閉めたりすることですか。

2026/01/25 普通に病気だった

体調や精神の状態が悪いのは普通に甲状腺の病気だった。うつ病か何かになってしまったと思っていたが。

汗をあまりかかない私が、冬の電車でびしゃびしゃに汗をかき、夜は心臓がバクバクして寝れず、安静時心拍数が以前から20〜30ほど上がり、動悸や脈が飛んだりするようになった。

あまりにも寝れず、もう限界だと、心療内科を含めて3軒くらいあらゆる医者を周り、甲状腺から異常にホルモンが出まくっていることがわかった。通常の約3倍くらい。ついでに心療内科で「発達障害の可能性もあるね」と言われたりもした。

そして、薬を飲み始めたら心拍数が下がり始め、初めてこの冬を絶対的に「寒い」と感じ、身体が縮こまるのを感じた。医学、ありがたい。

夜の心拍数や体温はまだ高いし、身体は限界だが、今日は寝れると嬉しい。


通い始めた病院は比較的新しい病院で、医師も機器に慣れておらず常になんとなくあたふたしている。隣の薬局では薬剤師がお金をもらい忘れ、帰りのバスでは乗客がボタンを押し忘れたせいで急に降ります!と慌ててこけていた。しかもそれが2人もいた。ホルモンが出過ぎているので、理不尽にイライラした。なんだか、世界が一日中ぼんやりしていた。

2026/01/18

夏から新しい会社で働き始めて数ヶ月経った。

このままだと仕事が好きで楽しんでいる自分ではなくなる、と思い前の会社は辞めたが、もう遅かったようで、完全に燃え尽き症候群を引きずってしまっている。

まあ正直新しい会社は合っていない。社風が。前の会社が合いすぎていたというのもあるけど(変質してしまったが)。入社してすぐ、感覚的に合わないところに来てしまった、と感じ、それで今までのように情熱を持って好きなように働くというよりも、仕事だと割り切って、淡々とやろう、思ってしまった。社風もあるし、燃え尽き症候群になっているので、会社のために顧客のために世の中の為に、期待を超えて働こうという気持ちが一切無くなった。他人が経営している会社だし。好きで楽しくやっていても、頑張って成果を出しても、私という人間にフィードバックを与えるよりも、利用してやろうという気持ちの人間がたくさん居ること感じてしまい、それで傷付くのも嫌だなと。私が頑張るから周りが甘えるんだと思ったら、やるべきことを淡々とやって帰るのが会社のためなんだなとしか思えなくなった。

そういう気持ちなので、10年働いてきて、初めてくらいに仕事が嫌で仕方なくなって、日曜の夜は寝付けなくなってしまった。多分世間的にはこういう感情が普通なんだろうけど、そうじゃなかったから喪失感が強かった。

仕事を淡々としなければ楽しいのかもしれないし、残業も厭わずに何かを作り続ければ、そういう気持ちで無くなるのかもしれない。が、もう嫌、そんなに頑張りたくない、と思う。夢中になれない。やや抑うつなのかもしれない。スキルを付ければ、生き残ることができるし、良いものが作れるようになって、誰かに喜んでもらえる、とか思って頑張ろうと思っていたが、なんかもうそういうのもどうでもいい。くだらない。どうせ顧客がありがとうと言うことはない。それなら右往左往する外国人に道を教えたり、六本木の駅階段でベビーカーを上まで持って行ってあげるほうがよっぽど感謝されるし、仕事で感謝されようという気持ちがまるで無くなった。

どうせ何をしていても辛いし苦しいんだなと3社行ってよくわかった。問題のない組織はないし、顧客はバカでうるさいし、チームメイトや上司は自分のことしか考えていない。非合理的で、理不尽で、過剰にサービスをしたかと思えば、手抜きとしか思えないその場しのぎの設計やオペレーションを作る。自分も、どういう職種をやっていても面白い仕事もあるし嫌いでしかないものもある。面白い仕事が嫌な時さえある。まあ、だからどれだけ頑張らずに楽にやれるか、勝手に仕事が進むようになるか考えなきゃいけないなと思った。自動的に会社に行って自動的に手が動いて自動的に退勤できるか。それを考えるのは面白いけど、企画開発職ってそれで上手く行くのかわからない。会社の人間関係にも期待せず、外のコミュニティで楽しく過ごす。もう、それでいい。通勤中に揺れる木々を見てそれで幸せだと思いましょう。

本当は、1年くらい無職をやって、その後の人生を考え直したい気持ちもある。頑張りたいと全く思えないから。
どうせ無職をやってもぼんやり過ごすだけで、何も得るものがないむしろ焦りしかないんだろうと思うので、仕方なく働いているし、やりたいことがこれといってあるわけでもない。母親も爺さんも働かないということに関しては才能を発揮していたので、無職になって輝ける自信も結構あるものの。

転職先を決めるとき、ピンと来ないけどやってみたいことや、機会やスキルを考えると、ここしかないなと半ば消去法的に決めて、というか行きたかった会社は落ちた、今回の転職はチャレンジだから失敗してもまあ良いやと思ったんだけど、60点くらいだったかな。ある意味仮説通りで、勉強になった。 

仕事は勉強になっているし新しい経験もできている。全くアウトプットができていないわけでもない。今は嫌で嫌で仕方ないが。どうせ嫌なのは今だけであと1年もしたら面白くなっているかもしれないし、無能判定を受けて辞めているかもしれないけど、10年働いてようやく経験や続けることの重みを理解したから、とにかく最低レベルでもいいし無能と思われても良いからとにかく続けようと思っている。今のところは。1日1つでも気付きがあって1円でも売り上げを作れたら一旦良いことにする。

今まではとにかく過剰適応の気があって、苦痛や存在価値の不安をアドレナリンで誤魔化していたのだけど、それができなくなってしまったので、こうするしかない。

このまま潰れてぼろ雑巾みたいになる人生も面白いのかもしれない。 

2025/7/12

田舎に帰った衝撃から抜け出せず、初の週末、やっと夫とゆっくり話すことができて心の整理がついた。

ショックだったんだなー。自分を大切にしてくれた人が自分を大切にできてないのが。自分が思ってたよりもショックだった。これが私の弱さだけど、放っておけない。それと同時に自分との類似性を見出したいから心の中を覗きたいとか、この後の物語を教えてくれという感情もある。余計気になる。昔みたいに従兄弟に甘えたいが今この人に全力出して甘えられないなというか、ある程度ビジネス的に接待されているという感じもあり。でも昔の優しさは確実にあって、逆に辛くなった。

思わず昨日電話して言いたいことを色々話して、ついでに言えなかった「偶然とはいえ何時もしんどいときに連絡くれたのが支えになってたんだよね、ありがとう」と言うのが伝えられてだいぶ気も楽になった。それを伝えたら向こうも少し泣いていたような気がする。

このせいでかなり体調が悪かったがようやく、平常モードに戻ってきた。寝れないし腹も壊していた。

そして明後日から新しい職場だ。これはこれで別種のストレス。たまに夕焼けを見れたり丘から街を見下ろせたら写真を撮って従兄弟に送って勝手に安全基地ぶろうとは思う。実際自分はそれでうっすら救われてたし、1年に1回くらい思い出して彼なら分かってくれるんじゃないかと思っていたんだよね。