2026/10/09

今週の感想、エグつかれた。イカれた9月の天気の反動なのか体調が優れず、夫不在(途中で帰ってきた)という精神的に圧倒的に不利な状況の中、期末にギリギリねじ込んだ仕事、その後始末など、冷静に考えると2,3週間くらい量・質ともにこなしている。質の方がやばい。AIの力で働き過ぎている。コンテキストスイッチと意思決定の量が爆発している。その癖本質的なことを考えなくなり品質も下がっている。これはよくない。疲れてくると、働き過ぎないようにしようとか、タスクを先送りにするとか、そういうコントロールが効かなくなってきて加速度的に仕事量が増える(増やしているのは私)。昨日相棒に「全然さいきんヒリヒリしないんだよね、ヒリヒリしてえー!」と言ったが、めちゃくちゃヒリヒリしにいっていた。来週出社したら自分で勝手にタイトにした締め切りを伸ばしまくる。

疲れているせいか、なぜか流れてきたオモコロのMADを開いてしまい、そしてエネルギー量の大きさに爆笑した。こういうのか、ハリウッドザコシショウでしか笑えない時がある。YouTubeを開くたびに何故かトップに表示されるので月曜日から毎日見てしまっている。自分が中高生くらいの、しょうもないインターネットの残滓でしか得られない栄養。私はミミズ以下。

金曜日は本来は家で働く日なのだけど、野暮用で出社。へろへろで退勤したが、そういえば前の会社は金曜は数少ない出社日で、夜は大体同僚とカレー食ったり吹き溜まって仕事の文句を延々と言ったりしていたなと思って寂しい気持ちになる。今は飲み会の少ない会社に居るので誰にも誘われないし、彼らと喋りたいともあまり思えない。2km歩いて前のオフィスに行けば誰か捕まるのかもしれないなと思いながら、風が冷たいことに気づいて、いや疲れてるんだから帰れよともう1人の自分が正しすぎることを言うのでまっすぐ帰宅。辞めてから毎月、元同じ部署の人たちと会ってたが急に会わなくなった。今思うとこいつまだ戻ってくる可能性があるぞと思われており、懸賞首になっていたのかもしれない。リファラル採用的な意味で。だし、もはや地獄を抜け出して仕事を楽しんでいる私と喋りたいことなんて無いかもしれない。私も元上司の悪口以外喋りたいことは思いつかない。結局、仕事以外の部分でつながるのは難しいんだなと思う。みんな、仕事人間だったし、何が好きなのかよくわからなかったな。


DISCO FLIGHTの歌詞、「窓から見えるの世界の配列」、初めて聞いた当時も印象的な歌詞だったけど、今は凛として時雨の曲の中で一番美しい歌詞かもしれないと思う。当時は「配列」という言葉の正しい意味がわかってなくて、プログラミングを始めてから意味を理解して、そこから歌詞の意味をリフレーミングするのに8年くらいかかった。あのディレイがかかりまくったギターリフのあとに乗ってくる言葉がそれって、改めて考えるとショッキングだ。夜、ガラガラの電車で窓を眺めて世界の配列、と思った。

大人しそうな3人が平然とやばいテクニックで淡々と演奏していて衝撃を受けたな。もう20年経ってしまう。怖すぎる。20年間同じバンドの話させるな。


好きな人の好きな人を紹介してもらったのが今週とても嬉しい出来事だった。嬉しくて、色んなことを感じて、書こうと思ったけどあえて言葉にしたくないなと思った。澄んだ空とビル風がきらめいていて、幸せな夜だった。へとへとな今週の私の心の清涼剤になったし、一晩経ってもまだ瞼に浮かべては幸せな気持ちになっている。

2026/10/04

久々に夫のいない週末。土曜、朝、夫を送り出して、二度寝して、家事を片付けて甲状腺の病院へ。毎回採血をしてくれる看護師が違う。スポットで集めているのだろうか。8月に採血した結果を教えてもらい、まだまだ異常値だが、1月の1/6になっていることを教えてもらった。よかった。それでもあと2年は薬を飲まないといけない。なげーーー。2年。2年前っていつだろう、と思ったらちょうど耳が聞こえなくなった時だった。まだ2年なのか、4年くらい経ってるかと思った。そう思うと、すごかったな。この2年は。いったい、2年後の私はなんの仕事をしているだろうか。いまの仕事を楽しく続けられていれば幸せだな。AIで世界が滅びていたりして。

血が抜けてややふわふわしながらカフェに行き、2月に買って積んでいた本を読む。100/400ページ消化。よくやった。最近は読みづらくて心が折れそうになっても「でも、これを乗り越えたらすごく嬉しいんじゃないだろうか」と想像できるようになって、挫折しにくくなってきた。このテクニックって多分昔からある気がするけど、10代の自分には全く効かなかった。しゃらくせー、とも思っていたけど、嬉しいとか達成感とか本当によく分からなかった。嬉しいとか楽しいとか自分の感情に明確に名前をつけられたのは確か22歳の時にTKのアコースティックライブ見た日じゃなかったかな。嬉しいとか幸せとか思わなかったわけがないんだけど、精神的に潔癖症すぎて、ネガティブな感情以外を素直に受容できなかった。自分は苦しむべきだと思っていたので。堕落したくないから。まあそれは今も少し思っている。あの時に嬉しい、と思った瞬間に精神の逆流を感じたし1ヶ月寝込んだな。今は全然嬉しいし、楽しいし、それでもダメになるわけではないってわかる。

カフェがガヤガヤしてきたので脱出し、近所のイタリアン(美味すぎる)でパスタを食べて帰宅。4時間ほど記憶を失う。放置していたアプリのことを思い出して、App Storeに審査を出す。12時間後、実機テストして画面録画添付しろ、という内容のリジェクト通知が来る。むかしはそんなこと言わなかったじゃない。

6.5時間ほど寝て、起きる。

ピアノに行く。昨日うまくいかなかったところが、少し弾けるようになっていた。しかしリズムの捉え方の矯正が要るねとひたすらにリズム練習。日本人らしい悪癖が染み付いているようだった。クソが。しばらくJPOP禁止することにした。私の趣味は1人でカラオケに行くことなのだがこの1ヶ月はそれも禁止する。うっかり行きそうだな。先生が、音楽はデフォルメされた自然言語だと言っていた。なにそれ。すごくないですか。良い音楽にも、悪い音楽にも感じると。ジャズにも関わらず演歌的になってしまっているインプロビゼーションも日本語由来を感じる、とか。あらゆる楽器は歌には勝てないとも言っていた。

あまりにも特訓したので、脳がパンクしそうになりながら美術館へ。ソットサスと瀧口修造。すでに今日の情報量を超えていて、瀧口修造までは全然集中力が持たなかった。詩がすごい良かった気がするが目が悪くて途中で読むのを諦めた。あとでパンフレット読んだりして浸る。

ソットサスはとても良かったという気持ちと、デザインってなんだろうなと言う気持ちと。最初の職場でデザインとは何かということに私なりに向き合って、やっぱりデザインは合理的で、ユーザーの最大多数の最大幸福を実現するための手段であるべきじゃないかと思っている。Webの世界なら、デジ庁であったりエストニア政府のデザインガイドラインが至高というか。多分、狭量なのかもしれない。それ以外のものはデザインの外の話で、例えば趣味的であったり無駄なこととか、装飾的なものは、アートの仕事だなと思う。否定しているわけでなく、それをデザインと呼ぶことに違和感がある。まあ、今回の展示で使われているデザインという言葉は、産業で意識されて使われている言葉とは違って、もっと一般的な、日本社会で使われている広義の意味のデザインなんだろうけど。うーん。でも展示側がデザインという言葉にあまり自覚的じゃないなと思った。ソットサスもこの作品に対してデザインって言葉を使ったのかなあ、とか。

例えばこのタイプライターとかはすごく「デザイン」されていると思った。無駄がないので、消費者がより安い価格で、魅力的なものを手に入れることができる。

でもこのチェストは空間を掌握するだろうけど絶対使いにくいしデザインされているとは感じない。非合理的だから。とてもじゃないけど、タイプライターの延長線上にある仕事とは思えないというか、別の発想で作っているとしか思えなくて。明らかに、ふざけているか、ムカついていないと作れなくない?

その当時のブルジョワジーだとか「上品さ」に対するカウンターカルチャーなんだということは理解するけど、今の時代を生きている私からすると、こっちの方がブルジョワジーを感じる。デカくて、不要で、素材も潤沢に使っていて。無印良品の逆。北欧の、暮らしへの切実さから生まれたデザインとあまりに対極で、これはイタリアでしかできないだろうなとも思う。イタリアって寒さとか飢えとかで死ななさそうじゃん。何ヶ月も雪の中に閉じ込められるとか無いだろうし。そういう贅沢さを感じた。本当であればもう1回行って振り返るんだけど今日までなのが悔やまれる。

あと、これがすごい良かった。


一人だと寂しいなと思って色々詰め込んで、一人の時間って最高、って思ったけど、もうお腹いっぱい。2日間たくさん歩いて疲れていて、疲労した体に孤独が染みる。

2026/10/01

突然の飯テロ失礼します。

だいすきなおともだちがお寿司をご馳走してくれた。先月誕生日だったため。と〜ってもうれしいね。ありがとうねーごちそうさまでした。

お高い雰囲気と味でずっと店の中でも会社に戻ってもあたふた、ふわふわしていた。家に帰って急に現実に帰ってきた!と思った。

現実に戻って今までで1番美味しい寿司だったかもと思った。おいしい、の持続力がすごかった。普通のお寿司がうまーだとしたら、うま〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜って感じだった。バカすぎる???私が食べてきたのって、寿司だったのかなー。私これからスーパーのパック寿司で満足できるかな。左隣の人たちが常連って感じだったけど、確かにこれは通う〜と思った。何か理由をつくってまた来よう。仕事で何かをぶち上げてみたりして。

今週はずっと、未来のことを考えていて、今日はすごく納得感があって現実的でなおかつチャレンジングなものが見えて、全てがうまく行く気がしてきている。あと、今日は会社でおじさんが暴れていて私も暴れたくなった。最後少ししゅんとしてたのを私は見逃さなかった。最近謝れるようになってきてえらい。一方そいつのお気に入りは謝るべきところで謝ってなくて私は5ヶ月くらいムカつき続けています。昨日も謝ってなくて、ださかった!私は高潔でありたい。

2026/09/27

微熱が下がらない。火曜日にしっかり散歩した後に、うっすら寒気がするなあ、と思っていたが思えばそこからずっと微熱があったのかもしれない。なんとなく仕事の集中力が低いな、と思って金曜の夜に熱を測ってから37度前後をうろうろ。特別どこかがしんどいでもなく、強いていうならアレルギー性鼻炎がひどいなくらいで。ただじっとしておいた方がいいのかなあと思って夫がファイアーエムブレムをやっているのを横で眺めてみたり、ゲームの画面を見るのに飽き、本を読んだり、寝たり、ピアノ弾いたり、寝たり。あと勧められていたBlack Mirrorを見た。面白すぎる。くだらなさが絶妙だった。ちまちま見る。

こうして家でダラダラ過ごした結果まだ37.2度。気持ちの問題だろうということでしばらくは無視することにした。

あとはずっと後藤真希の昔の映像を探して観ていた。エンタテイナーとして1番好きなハロプロアイドルは後藤真希かもな……歌単体、ダンス単体だともっとスキルフルなメンバーは居るけど、総合力で勝てる人がいない気がする。

ライブ映像が無断転載ばかりで引用するのもどうかなと思い控えるけど、ライブはもっと迫力がすごい。生歌のやつがとんでもない。この公式MVも十分とんでもないのだけど。こんなに踊れて歌えて表現力ある日本の女性歌手ってあんまりいない気がする。それにしてもリズム感どうなってるんだろう。この人のグルーブの作り方がすごく好みなのかも。天才的でもあり努力の痕も感じて尊敬する。

この曲、音作りがガチすぎてつんくの作曲の中で5本指に入るくらい好きかも。編曲もディレクションも素晴らしい。世界観のせいで好きと言いづらい。

つんくの名曲といえばの流れでこれも聴いてる。衣装もヘアメイクもひどすぎる。これもライブ映像がすごい。30年近く前にこれやってるのすごい。時代を先取りしすぎかも。

「季節のせいならずっと終わらないこの季節のままがいい」って歌詞を初めて聴いた時良すぎて衝撃を受けた。

2時間くらいかけてだらだら書いたけど、まだ37度だ。

2026/09/23

正月以来の連休。初日はこんなに休めて良いのか?と不安になっていた私ですが安心してスヤスヤと毎日惰眠を貪ったので、すごい速さで毎日が溶けていきあっという間に最終日になってしまった。

わかったこと、とても疲れていた。不眠症が治らない程度には。有休があまりにもなさすぎて社会人生活になって初めてくらいに働き続けていたのだが、ようやくまとまった休みが取れてホッとした。労働基準法ギリギリの有休は犯罪だ。持病持ちには辛すぎる。

ブログを書いていない間に誕生日があったり、夫や友達と舞台をみたりケーキを食べたりしていた。友達♪バチクソ気が合う最高の友達が久々にできた♪みたいな高揚感はようやくおさまってきて、ゥチと一緒の時間を過ごしてくれてありがとうね……と深い感謝を最近は感じている。約1週間ろくに喋る機会もなくてつまんね〜とはなっていたので明日から会社があるのがちょっと楽しみ、おれは小学生か?

あとはファイアーエムブレム万紫千紅をやった。風花雪月で好きだったキャラ、セテス、フェリクス、イエリッツァ。子安の声がする堅物のおもろい男(氷室零一的なこと)と猫っぽい男が好きなだけとしか思えないが。中でもイエリッツァは一番好きだったので先祖としてディートリヒ出してくれてありがたさしかない。ディートリヒのルートを3日くらいかけて見た。こんなの、ほぼ涼宮ハルヒの憂鬱ですよ。まじでギャルゲー。攻略対象であるディートリヒが救われているという点では乙女ゲーとも言える。ストーリーは全体を通してかなり笑った。主人公であるディートリヒのミステリアスさと陰鬱さとすごいバランスだった。良かった。

まあネタバレが入るんですけど、普段忘れていられるけど自分は他者と違うということ、他者と違うのであれば獣になりたい、これめちゃくちゃ共感するというか、自分の場合はアンドロイドになりたい、だった。感情を出さずにただただ関数にぶち込んで切り分けることで安心したかった。ディートリヒの場合は人間と同じで居ることが辛かったしその苦しみを忘れたかったんだね、と。ラミーヌ、PTSDの血すぎる。

それが仲間、家族の存在を通してありのままの自分を受け入れられるようになる、というのが良かった。CGも明らかに顔つきがやさしく変わっていてヤバかった。

彼の愛に対する考え方もよかった。一緒にいることだけが愛じゃないと。そのくせに身近なエスメラルダには近くにいることや身体的接触で愛を示してたのが良すぎて、エスメラルダが求めている愛の形とは違ったのかもしれないけど、あのシーンはオタク的にたまらず絶叫した。

私は人間の心を得たのが25くらいだったから愛について本気で考え始めたのは最近なんだけど愛にはいろんな形があるなーと思って、私は今まで夫との間にあるものだけが愛だとしか感じられなかったしそれ以外には要らないと思っていたけど、去年いとこ達と会ったことや今年とても仲のいい友達ができたことで愛っていろんな形があるって心身で理解できたなと思う。

最近は友達が感情を感じて良いんだよと言うことを、言われたわけじゃないけど、隣で時間を過ごすことで教えてもらった気がしている。彼が色んなものに目をキラキラさせながらおいしそう、かわいい、面白そうと蝶のように飛んでいくのが面白くて。やりたいことはやった方がいいし、見たいものは見て、会いたい人には会った方がいいんだと。おかげで金は出て行くんだけど、人生楽しめている。何か特別してあげなくても、時間の共有も愛なんだなと思ったというわけ。