カステラ

デパ地下でバイトをしている。

日雇い労働にこりごりした私は、時給が良いことと「なんかマナーとかコミュニケーション能力とかちゃんと身につきそうだし」という理由だけでデパ地下で働き始めた。なんだかんだと言いながら2年半も続けている。

デパートという場所柄、居酒屋なんかと違って酔っ払ってる人もいないし、上品な方がお越しになるので、そんな頻繁には変なお客様には絡まれない。
たまに「更年期障害かな?」みたいなおばさんや「仕事で嫌なことがあったんだろうな」みたいなサラリーマンに対し「口に手ェ突っ込んで奥歯ガタガタ言わしたろか〜〜〜!!!」と思うことはあるけれど。
基本的には、良いお客様や、優しい人たちと天然な店長に囲まれながら楽しく働いている。

そんな私のアルバイト生活の中で忘れられないお客様がいる。
お客様とか書くの、キャラじゃないしアホくさいんで以下から客って書きますね。

2014年 6月某日、確か土曜だか日曜だったと思う。
普段は静かな時間が流れている2時過ぎ、行楽日和ということもあって、客がめちゃめちゃ来ている。ヒー、と小さく悲鳴をあげながら、動き回っていた。
わらわらと、ショーケースに群がる人々の中に中年男性が一人。キャップをかぶっていて少し無愛想で、プロレスラー顏だ。
なんだか怖そうだしさっさと注文取ろう、と「お客様お待たせしました!ご注文はお決まりでしょうか?」と笑顔で話しかける。
すると向こうもめちゃめちゃ元気に大きな声で、返事を返してきた。

「あのぉ〜 スミマセ〜〜ン!エビフライを3本くださぁい!!」

MM-M05-0579

オネエの方だった。
怖い人のそれを期待していたので「そっちか〜い!」と思ったが、ダイバーシティの申し子のおれはそれくらいじゃ全然動揺しない。

「はい、かしこまりました!エビフライは、このサイズとこのサイズがあって・・・あ!こっちの方いまから揚げるんで7分くらい待ってもらってもよろしいでしょうか?すみません!ありがとうございます♪ おねがいしまーす!フライ中スリーでーす!(オーダー通す声)」

ほかのお客さんと同様に、笑顔で元気に接客し、無事にエビフライも渡して「ありがとうございました!またどうぞお越しくださいませ♪」と、お見送りすることができた。
でも何故か、彼(彼女のほうが正しいかもしれない)、一向に店から離れようとしない。
何かを話したそうにしている。「もしかして、何か買い忘れたのかな?」と思い、アイコンタクトをした。
彼女は大きな声でこう言った。

「S川さんッ!あなた感じよかったからコレ、あげる♡」

IMG_5959
「コレ」

あふれんばかりの紙ゴミだった。
頭が真っ白になった。
心は「は?いらね〜〜〜〜〜!まじでいらね〜〜〜〜!これはあれか?新宿2丁目のジョークか? これ捨てといて〜 ってことか?は?どっちにしろそういうのやめてくれよ〜〜〜」と叫んでいたが、
実際は「え、あ、別に大丈夫ですよ、これが、仕事なので」と、ちょっと切迫した声を出していた。
彼女は「いいのよ!遠慮しないで♡プレゼントだからっ」と強引に押し付けてくる。
困惑しきりの私はひきつった笑顔で受け取ってしまった。

彼女が去ったあと、厨房のドアを開けて店長に助けを求めた。
「なあなあなあ!!今の見たあ!?」「見たよ、なにもろたんや」

中身を見ると、「**cafe オープン」「いまならダブルを買うともう一つおまけが」「新メニュー登場」
などなど、チラシが約10枚。クーポンも何もついてやしないし、まさにゴミ。
ちなみに図書カードっぽいものが写真には写っているが、裏返すとただのカレンダーです。

私がスゴイ客にからまれた、という話はメンバーの中でも共有され、半ば伝説のような扱いになった。「え〜〜私も見たかった!」っていう人もいた。「やめとけ、紙ゴミ押し付けられるぞ」と心の中でつぶやいた。

それから2週間後。

作業中、客の気配を感じ、いらっしゃいませ♪と振り向くとフロアに声が響いた。
「すいませえん!エビフライの中を3本くださぁい!」

また彼女が来たのだ。隣のNさんをちらっと見ると「わあ本物だ・・・」という顔をしている。周りの店の人たちも突然大きな声を出されて驚いたのか、こっちを半笑いで見ている。

少し動揺しながらも、いつも通り接客をして、Nさんが商品を渡した。
すると引き換えに自分がもっていた、化粧品の紙袋を2つ渡してきた。

「これ、S川さんの接客素敵だったから!Nさんも笑顔が素敵ね♪」
「え?!化粧品?!マジでええんか?!」と思って中を見るとやっぱり紙ゴミが入っていたのでガッカリした。
しかし、今回は紙ゴミだけじゃなく、チョコレートのカステラが入っていた。
彼女はもう1つ持っていた紙袋を抱えて、
「これ、向こうの売り場にも素敵な子がいるから渡してくるの♪じゃあね〜」と消えた。
他にも被害者がいるんだ・・・。生き別れの双子を思うかのように、無事を願った。

「紙ゴミは相変わらず本当にゴミだけど、カステラはどうなんでしょう、食えるんですかね」
「賞味期限は・・・今日ですね」
「食えないことはないですね、今から休憩なんで私味見してきます」

そんなわけで昼ごはんのデザートとして、カステラを食べることになった。
あいつ、なんでそんなことするんだろう。やっぱそういう障害をお持ちなんだろうか・・・2回も紙ゴミだもんなあ・・・。
でも悪い人じゃなさそうだなあ。むしろ真っ直ぐすぎるくらいだ。真っ直ぐすぎてその心がイタイ。真っ直ぐすぎる心は時々人々の心を突き刺す。
今までどんな人生を歩んできたんだろう・・・。でも、苦労しただろうな・・・。
ていうかこれ、毒とか入ってないよな。でも穴とか空いてないから多分大丈夫だろう。
よし、いただきます。
IMG_6011

彼女を思いながら、口に入れたチョコレートカステラは死ぬほどまずかった。