今日は家具が届く

もう長いこと、就活終わってバイトがクソ荒れてた時くらいから、抑うつ状態みたいな感じでずっと気持ちが落ち込んでいたんだけど一人暮らし始めて働き始めてから(といっても座学研修中だけど)本当に心身の調子がいい。逆に躁病とかじゃないよなというくらい調子がいい。元気はつらつという程ではないので違うと思うけど。忙しい方が元気なんだと思う。
起きて料理して、会社いって帰って来て、料理やらインターネットして、またちょっと家事片付けて寝てっていう生活も悪くない。お、自分もやればできるな、という自信が積み重なっている感じがしてよい。

昨日、2年目の先輩達の話とか聞いてて久々に頭のスイッチが入ったというか、5月くらいから色々停止していたものが動き出して「あーそういえばあれやりたかったな」とか思い出した。あと目の前のもの全てが自分に問いかけているというか、学ぶものは沢山転がっているなと思う。

大学時代は「しんどいけどもっとしんどいひともいる、恵まれてる、恵まれてるぞ」と言い聞かせていたけどやっぱり今思うとしんどかったな・・・その分得たものはあるけど
一人暮らししてちょっと自信ついたし、自己肯定感とか効力感に繋がっていると思う。精神衛生上良い。

 

フリーランスのおっさん同士で息抜き旅行してきた https://nanapi.jp/topics/674

ヨッピーさんのすげーなってところは、商品をくどくど褒めることはせず、むしろ広告にしてはかなりあっさりめなアピールに終始してるんだけど、自分がその商品を使っている場面が想像できるのが良い。消費者マーケティングの授業で出てきた「経験的価値マーケティング」というのを思い出した。そういうのを意図的かどうかわからないけど織り交ぜれるところが本当に凄い。
しかも記事のインパクトがすごい。フリーランスとして生き残るための話の件とか物凄くタメになる。自分はフリーじゃなくて会社員だけど、それでも自分を安売りしないとか、学べることが沢山ある。PR記事でここまで出来るんだなというのに感動した。

なんかこうやっていちいち感銘受けるのも久々な気がする。ちゃんと食事と睡眠とコミュニケーションをとってるのもあるかも〜

 

あ、家具きた

 

じゃがいもを煮ています

じゃがいもが煮えるのを待っている(間も無く煮える)ので短めのブログ

 

会社の人が優しい。
関西人、死ぬほど「東京は冷たい街やで〜」とか言ってたけど普通に東京のがダントツで優しい。住んでる街の人も優しい。
今まで感じていたやりづらさはなんだったんだろうか?
この会社が特別なのか、周りが大人になるにつれて優しい振る舞いを身につけているのか?
それともやっぱり関西が異常だったのか?

その反面、自分以上に口が悪い人が居なくてたまに「あ、引かれたな」っていう瞬間があって、もう本当に毎日「アー」って感じ。性格が悪いのやめたいよ〜いちいちツッコミ入れそうになるのとか本当にダメ

こんな奴でも本当に周りが優しくしてくれるんで今めちゃくちゃ恵まれてる、裏で何か言われてるかもしれないけど。

そろそろ煮えそう。今日はじゃがいものツナ和え。

大学を卒業して社会人になった

無事大学を卒業しまして、兵庫の片田舎を出て東京都内に引っ越してきて一昨日から会社員。
一人暮らし大丈夫かよ、と思ったけど案外平気。掃除も料理も楽しい。ただキッチンが狭すぎて片付けが大変。

大学に入ったときは大学院に行くつもりだったので、まさか会社員になるとは思いもしなかった。
「ショムニ」の世界のOLみたいなのが私の中で最も嫌な進路だったので。
大人になるにつれて会社員はあんなのばかりじゃないと気づいたけど。

にしても大学生活はとても大変だった。楽しいこともあったけど「色々あったな」という気持ちの方が大きい。週4とか、多いときは週5でバイトして大学通ってそこそこの成績取って・・・みたいな生活だったので。そんな感じで必死だったから、やりたいことやったぞーという感じでもなく、妥協に妥協を重ねた4年間だった。
それでも人には恵まれたこともあって、たくさん勉強出来て、そのおかげで希望の進路を探し出して進むことが出来たので幸せだと思う。
あと、そんなハードな4年をやりきったぞ、って感じでちょっとした自信になっている。
会社員としてもそんな感じで頑張りたい、人に恵まれるような面白い人になるのが目標だろうか

案外一人も平気だぞーとか言いつつハードロックばっかり聞いてるのでやっぱりどこか不安なんだと思う、安定してるときはピアノ曲とか聞いてるので

上手く言えなかったこと

大学生活を振り返る日記、今回はサークルの話。

高校時代は軽音部に入っていた。部内一番楽器が下手だった割に物凄く生意気で暴れ倒していた今思えば公害みたいなやつだった。当時からずっと凛として時雨やら、バンアパやらが好きだったのだが、女子校なのでそんなものが出来るわけもなく。だからライブでギターを投げたり振り回すことで発散していた。
その鬱憤が溜まっていたので、大学に入ったら軽音部(もしくはサークル)に入ってオリジナルとかをやりたいなーと思っていた。ギターに限らずベースとかドラムとかでもよかった。プログレとか、アンビエントとかエレクトロニカ的なものに興味があって、そういうのがしたかったんだけど、入った大学ではそういうのをやってるサークルが一切無かった。tofubeatsを排出した音研は行ったものの既に入っていた同回生気が合わなかった。

そんな中、入学式で出会った友達についていったスノボのサークルの新歓で、今のサークルの先輩にあたる人に出会い、各軽音サークルの悪口を吹き込まれた挙句、「ギターできるならうちに来なよ」と渡されたのがJACKというアコースティックギターサークルのチラシだった。

正直、その時は興味が無かった。おれはエレキが弾きたいと。アコギやるサークルとかどうせコブクロとかスキマスイッチとか流行りのJPOP好きな奴しかいないんだろうな、絶対気が合わないでしょと。でもアコギやったらギター上手くなるって言うしゼロから始めるのもありかな〜けど気合わなさそう〜。無いな。

で、その興味無いサークルへ行ったきっかけは、当時はまあまあ仲の良かったゼミの友達が同じチラシを持って「おれここ行こうと思ってる」とか言うから「お、なんか縁があるかも」と思って付いていったのだった。

そしたら案外楽しかったのだ。当時4回生だった先輩がもう無茶苦茶で、文科系の新歓を文科系の最上級みたいな方法で盛り上げてくれた。今まで行ったどの部活やサークルよりも笑いが溢れていたし、自分も楽しかった。どの先輩も優しいし、好きな音楽の話ができる先輩もちらほら居た。
しかもアコギは思ったより奥が深かった。「実は好きな音楽できるのは軽音じゃなくてこっちじゃないの?」と思い、形は違うけど、そこに入ることにした。

後に認識する同期も良かったけど、私はとにかく先輩っ子だった。こんだけキツイ性格なので、先輩方にどう思われていたかは知らないけどとにかく先輩は本当にみんな好きだった。先輩方には本当に色々と良くして頂いた。一緒にサークルの外でバンドも組んでもらったし、いろんな話もして頂いた。

けれど自分は、同期にも後輩にも何一つ出来なかった。
めちゃくちゃ負い目がある。楽しませてあげられなかった。
自分のアルバムを見たり、最後の日に後輩と喋っていても「最初は怖かった」とか「毒舌だった」とか書いてあって、本当にゴメンなさい、と心底思った。多くの後輩とは最後まで上手く仲良く出来なかったし、自分から気づかないうちに近づきづらい壁を作ってしまったんじゃないかと思う。
先輩っ子だったのもあって、先輩が卒業していくうちに居場所が無くなる感じもしてたし、誰とも話さずにギター弾いてるかスマホいじるか、さっさと帰るか、みたいな日が増えて行って、でも自分からは仲良く出来ないからもう心の壁をどんどん高くする日々だった。もう自分さえよければいいやみたいな時も少なくなかったかもしれない。文句もたくさんいったし終盤はもう悪態しか付いてなかった。

自分なりにこうしたい、ああしたいと思ったこともあったけどなかなか苦しくて早々にそういうのはやめたんですけど、もうちょっと自分の熱意とか通したり処世術を学んでいればいろんな場面でもっと濃いものが出来たし楽しませてあげれたな、って思う。本当に後悔しかない。

それでも送り出してくれた後輩には優しい言葉かけてもらえて(お世辞かもしれないけど)驚きました。ファンですとか言ってくれたの本当に嬉しかったです。
私みたいな先輩にならず、私を反面教師にして自分がしてもらったら嬉しいことをしてあげれる先輩になってください。

ありがとうございました。

そのお金誰が出すの?

「保育園落ちた日本死ね」というはてな匿名ダイアリーの記事が話題になっている。

社会政策ゼミに入っていて、女性活躍とは切っても切れないテーマで卒論を書いた私としては、非常に興味深い話で、「やっと政策論争のテーマに上がるようになってきたか」という感慨深い気持ちを持ってニュースを眺めている。

Twitterのタイムラインに上がる頻出意見として「国がもっとお金を出せ」というものがある。お金を出す対象は自治体が運営する保育園だったり、保育士の給与だったりである。
私はこれは手放しで賛同は出来ないと思っている。
「お金」というのは税金なのであって、国がそれに対してお金を出すということは、私たちも負担しなければいけないということだ。
保育園を欲しい人たちにとっては「そんなの負担するさ」という話なわけだが、高齢者や子どもを持たない選択をした人、子育てを終えた人、子どもを幼稚園に通わせるという選択をした人にとっては「は?」なのである。そこで「じゃあどっちが得するか決めよう」というのが選挙。

こういう社会問題の話題で嫌なのは、すぐ「国が金を出せ」という論に着陸してしまうことだ。その金は誰の金か?という議論がない。もっと言えば、なぜそんなに保育園を作るのにお金がかかるのか、保育士の給料がそんなに低いのは何故かとか、社会福祉法人の偉い人の給料っていくらくらいなんだろうね?みたいな話すらない。保育園だけじゃなくて介護施設や年金や福祉関連の問題すべてに適用できる話。

この問題を解決しようと思ったら間違いなく次の選挙を逃すとやばいので、どんどん炎上させないといけない。ここまでひどい状況になったのは間違いなく有権者の責任。投票してくれる人たちが儲かるように政策は作られているということを忘れてはいけない。ちゃんと私たちが騒いで選挙区の議員にたれ込めばマニフェストになる。
ただ、乱暴に「保育園を作りまくれ!」とかじゃなくて、「労働と育児を両立したいと考えている人たちが、それを実現するための最適解は何か?」をしっかり考えてから騒ぐべき。「保育園を作る」ということは目的じゃなくて手段だからだ。
既存の保育園の枠組みを出る場合もあるし、もしかしたらベビーシッター的なのがいい場合もあるかもしれない。そういうことをじっくりと議論できる場があればいいなあ。