20140518-211944.jpg

梅田のとある喫茶店のフレンチトースト、大好きでたまに食べたくなるのだけど、食べ終わると大抵胸焼けして後悔する。
そういうことってあると思う。

Twitterを始めてからブログ書く頻度が落ちた気がする。こっそり毎日更新しようかと思う

私は小5の夏からずっとブログを書いている
目立ちたがりなので日記じゃなくてブログを書いていた
そこらへんの芸能人がこぞってブログを始める数年前から、私は書いていた
まあそんなことはどうでもいい
思い返すと当時も今と変わらず大体愚痴だった
部活の1個上のある先輩が威張り散らすのがすごく嫌で、ずっとミートボールにしてやりたい、とかそういうことを書いていた気がする
小学生のやることだからすっごく痛々しくて、読んでて恥ずかしくなるし、スベってるし、
あのブログが今でもインターネット上に残っていて全世界から閲覧可能なのだと思うと消してしまいたい
でもパスワードもidもわからない
ここは結局4件目

10年間ほぼ毎日日記をつけたからといって特別文章が上手くなったわけでは無いと思う
そもそも読書量は少ないから語彙は貧弱だし美しい言い回しは生まれてこない
ただ自分を客観的に見つめることとか、それによる捻くれた視点とかは身についた気がする
本当に自己満足でしかないから読ませる文章っていうのは全く書けない
でも「なんだこの日記わかりにくいなー」とかそういうのは好ましくないと思うので
わかりやすくて読みやすいものを心掛けている
何度も似たような接続詞が続かないように、とか
改行のタイミングとか
一文の長さとか

思いついたことをぽんぽん書いてしまったけれど、なんでブログを毎日書こうとか言ってるのかと言うと、1回生のとき出会ったS先生が「日記を毎日つけてるひとと早起きするひとは成功する」って言ってたのを思い出したから
成功したいというか、結果を残したいので、思ったことや疑問に思ったことは逐一ここに記そうと思う
ちゃんと早起きもします

過去から未来をなぞる

>20140417-023716.jpg
2011.4
インクライン

小学生の頃の夢は、弁護士とか、科学者だとか言ってた気がする
勉強はできる方だったから
それから音楽の職業かデザイナーになりたいと言っていたけれど
漠然と良い高校と大学に行くことを洗脳させられていた為にそれも中途半端にやり、好きでもない勉強をやらなきゃと思いつつ、身が入らないので、それも中途半端になり、
何も取り柄のないまま大人になってしまった
個性といえばインターネットで鍛えられた詭弁と揚げ足取りとあまりに脆いメンタルから生み出されることばくらい

中学生の頃は漠然と京大か一橋を目指そうと思っていた
塾内テストも良い方だし京阪神のどっかにはひっかかるもんだと思っていた
宿題をするのが面倒で嫌いで提出せずにのらりくらりとしていたせいで内申点は低く、行きたい公立高校にはひっかからなかったけれど、
有名進学校と言われる私立高校に入れたので、それは約束された将来だと信じていた
ほら、合格実績見てみろよ、国立大学と医学部の合格者こんなにいるんだぜ、中高一貫は高校から入った方が賢いって言うし、家から近い阪大にでも通うかーなんてすごく甘い、アメリカのケーキのような甘さだった
まさか浪人がたくさん含まれていて、内部進学の方がしっかりしてるなんてその時は思ってなかったのだ

入学してからは、君たちには旧帝を目指して頑張ってもらいます、とかそういうことは一切言われず、むしろお前らの中から国立出たらすごいね(笑)みたいなことを言われた
外と内のギャップがすごかった
受験生のときは、北野や大手前や天王寺を受けるような人が行くエリート学校みたいなこと言われたのに、入学してみたらなんだこれは

特に勉強させられず、入部した軽音部で疲れ果て、家に帰ってはネットに現実逃避、という毎日を繰り返した結果、私の成績はみるみる落ちて行った
もともと勉強好きじゃないし、中学時代に塾に頼り切っていたせいで家で宿題以外に勉強する習慣が全く無かったせいです

デザイナーの専門にいけないなら大学はデザイン工学部とか服飾学部に行こうと思い、デッサンを習いたいと思ったけれど、我が家は裕福じゃないのでそれも叶わず
そしていろんな人にデザイナーなんか危ないからやめろと言われ。
行きたい大学なんかねーよ、京大一橋なんか夢のまた夢になっちまったよ、勉強つまんねーとか言いつつ、
東日本大震災で日本の闇を垣間見て文転することを決意したものの受験生を持ち前のメンヘラで無為に過ごし、
12月に入ってこれやべーわー、とセンターまで1日15時間勉強で頑張ったところ関学に引っかかった次第

大学に入ってからは、大学入ったからにはどうせなら研究者になって政策提案とかして日本を変えるんだ!みたいなこと考えて生きていたが、
M先生に会い、政治と政策の現場を思い知り、研究者になってもほとんど無駄だと思いモチベーションを無くす。
これからどうしようかと途方に暮れていると国家公務員という選択肢が頭に思い浮かぶ

しかし今まで組織に入って何かをやっていくという将来を描いたことが無いので全くしっくり来ていないのだ
一人で何かしてチヤホヤされる子供みたいな未来しか描いたことがなかったからではなかろうか
安定だとか結婚だとかは邪魔な要素でしか無かった
変人だと幼い頃から煽られていたのだから死ぬまで変人でありたいではないか
しかし私立大学に入ってしまったので多額の奨学金の返済や年行った親の将来を考えたら会社に入ったり公務員になるのがまっとうな道なわけだ
なんと夢の無い現実だ
とりあえず安定して毎月収入を得るために妥協しまくって本当か分からない企業の媚びを吟味しながら職を探すって吐き気がしませんか
それなら公務員の方がやりたいことと合致しているではないか

ーと思い、憲法や民法を眺めたり、数的処理の問題を齧っては吐き出しているけれど
ほんとくだらねーよなー
みんなこれでいいと思ってんの?と考えてたら先輩もぼやいてた
他に勉強したいことや読みたい本があるのにこんなことに必死になって時間割くのがアホらしいと思っていた
こんなの勉強しても日本変わんないし私の故郷大阪は衰退していく一方なんだ
もっと、したいことしたい
もうあと2年で学生も終わりなのだから

けれどしたいことしまくった私の行き着く先はどこなのだろうかという不安もある
私は結局何になるのだろう
需要のあるところに行きたい

恐怖を紛らわす

明日は4時に起き、始発電車に乗って新大阪に行き、東京行きののぞみに乗って、
東京駅で降りたら地下鉄丸ノ内線に乗り換えて国会議事堂前で降りる。
そこから参議院議員会館へ…

参議院予算委員会の傍聴へ行くのだ。
お世話になっている先生や、議員の先生や秘書の方数名を振り回した結果の傍聴である。
最初で最後のチャンスなのではないか。非常にありがたい。嬉しい。感謝しかない。

しかし、行くまでに一抹の、いや一抹どころではない不安を抱えている

①新大阪での在来線から新幹線への乗り換えは11分で出来るのか?

まあこれは出来るだろう。
飯を買わねばならぬという問題はあるけれど。

②8:40に参議院議員会館につかなきゃいけない

これが最大の問題である。
徒歩5分なので、遅くても8:35に国会議事堂前につかねばならない。
逆算すると8:28に丸ノ内線に乗る必要がある。
そんなの無理だ。
8:26に東京着なのに。
兵庫県の田舎に住み、東京なぞ人生で数回しか行ったことのない私がそんなことできるわけがない。
狼狽える私に光が降り注ぎ、土地勘を司る神に「東京の土地勘を与えよう〜」とか言われて土地勘を授かり、猛スピードで乗り換えを出来るならいいが、現実問題無理だ。
ていうか土地勘あっても無理だ。
ああもうおしまいだ…

その旨を先生に伝えたところ、参議院の議員会館で手続きを行って下さいと言われた。そこで発生するのが第三の矢である。

③怒られずに手続きできるのか?

時間に遅れて来た挙句、手間を取らせる、S川よ、これでいいのか。
始発で乗ってきたのですが間に合いませんでした?飛行機で来いよ、とか言われないか?
でも飛行機は、高いよ?

まあいいやもう考えても無駄だ。
とりあえず関わって下さった皆様に感謝。おやすみなさい(多分寝れない)

‘Killing you softly’

20140228-131509.jpg
ぶれている

凛として時雨というバンドがずっと好きで近畿圏でライブがあれば何をしてでもすっ飛んで行くのですが
昨日も自分が出る演奏会を早々と抜け出して、見に行って来た
ただ、バンドとしてのライブではなくてギターボーカルTKの、ソロの弾き語りのライブだった
softlyとは言うけれど半分くらいは全然softlyではなかった
でもsoftlyかどうかは問題じゃなかったから良い
新曲だけじゃなくて時雨の曲も多くやってくれて新しい一面が見れたように思う
夢のような90分だった

中盤、TKが「曲中に、咳払いとかしてもいいですよ」とギターを持ち替えながら言った
彼の性格が垣間見えました