この記事はネタバレを含む感想です。
エアロバイク日記
いつもはクロストレーナーで有酸素運動の時間を取って居るのだが今日は全部埋まってしまっている。そのため不満ながらにエアロバイクを漕いでいる。カロリー消費の効率はクロストレーナーのほうが圧倒的に良いのだが、仕方ない。その代わりエアロバイクはこうして運動しながら作業ができるという良さがある。
自分は人から感謝してもらえれば仕事は楽しいと思えるタチだと思い込んでいたがどうやらそうではないらしい。最近タスクにものすごくつまらない運用業務があり、なかなか消化されないのだが本当に嫌になってきた。つまらないので作業も雑になりがち。でもそれは障害の元なので丁寧にやらねばならない。でももううんざりしている。勘弁してほしい。もっと創造的なことに頭を使いたい。それにしても自分にそんな感情があることに驚いてしまった。私は誰かが喜ぶならそれでOKだと思っていた。でもそうではないらしい。前にやっていた仕事がもっと面白かったのもあるだろう。耐えなきゃいけない時があることは理解している。終わりが来ることも理解している。でも今日は何もかも無理なんだよ、そういう思いでエアロバイクを漕ぎに漕いでいる。そうしていたらちょっと気分が楽になってきた。さっきまで辞める同期のメッセージにきもいこと書いてしまったなという吐き気でゲェゲェ言っていた。書き直したい。
セレステというゲームが面白かった。ひたすらに山を登るゲームなのだが、主人公がうつとパニック障害を患っている。自分は強迫性障害を患っていたので、主人公がもう1人の自分(防衛機制とか、強迫観念やパニック発作を起こす作用の擬人化だと思う)に追いかけられたり、戦っている様には大変共感を覚えた。ここぞというときにあいつはやってくる。でもそれは敵じゃなくて味方なのだと。そういうメッセージを乗せるには最高のゲームだった。
通勤日記 7/18
昨日見た夢。
実家に帰っていると、母親が料理を作っており、その料理が「西アフリカゴキブリの炒め物丼」だった。しかもゴキブリが自身の脂で火を噴いている。
私が思わず「ゴキブリなんか食えるか!勘弁してくれよ!」と言うと、母が「西アフリカゴキブリは食用なのよ?普通のゴキブリとは違うんだから、あんたはいつもそうよね」などとほざくので、夢の中の私は
「食用だとか食用じゃないとかの問題じゃないだろ!あんたはいつも利か利じゃないかで物事を判断して私がどう思うかとか一切考えないよね!これは食えるゴキブリとか言われて普通素直には食えないだろ!」
と反論した。ああ、いつもこうだ。分かっているはずなのに、時間が経てば忘れてしまって久々に顔を合わせるとこうなる。
……と考えていると目が覚めた。なんと私と母の関係をうまく一般化した夢だろうか?感動すら覚える。
西アフリカゴキブリは、テレビで西アフリカの研究者になりたかったのにチュニジアで芸人をやっている日本人青年の番組を見たからだろう。
彼氏にこの話をすると、きっと炒め物は冷蔵庫にずっとゴーヤチャンプルの材料があるのに作らずに放置してしまっていることへの自責の念だよね、指摘された。間違いなくそう。
通勤日記 7/9
比較的今日は空いている。いつもはiPhoneから伸びるイヤホンのコードを気にして、やはりBluetoothにした方が良いのだろうか、でも充電とか面倒くさそうだ、ということを考えるが、今日は考えないほどには混んでない。
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朝起きて勢いで洗濯機を回したが、その後、今日は午前中にわか雨で晴れ間も少ないということを知った。今はこんなに晴れているのに、と愚痴りながら浴室に干して浴室乾燥をオンにした。部屋干しの匂いのリスクを不安がりながら。駅に向かってる途中で雨が降ってきたので少し報われた気がした。
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土用の丑の日をうなぎ視点から見てみたい。ノストラダムスの大予言のようなものなのだろうか。
iPhoneを忘れて出かけた
昨日夜中に錯乱してしまい寝付けず、家を出るギリギリの時間まで寝て居たせいか、iPhoneを寝床に置いたまま会社に向かってしまった。電車の中で何か音楽でも聴こうと薄べったい直方体を手に取ろうと探したのだが、無いことに気づいて諦めて目を瞑った。相当困るのでは無いかと思ったが、自分のサービスのデバッグが出来ないくらいだった。iPhoneがなければKindleで本読めばいいや、って感じ。自分は文章を読みたいだけで別に手段はなんでも良かったんだなと思う。
iPhoneを忘れた代償に今日社会で何が起こっていたのか全く知る術がなく、たとえば松本智津夫の死刑が執行されたこともさっき知った。ちょっと衝撃だった。下種であることは重々承知なのだが死刑が執行される前、教誨室での彼らがどのような様子で、どのような話をしたのかということにとても興味がある。前ここにも書いたような気がするのだが、「死刑」は私の理解の範疇を超えている。それが余計に興味を引く要因になっている。何年も前から「お前は死にます」と言われ続け、ある日急に「今日お前は死にます」、どういう心境になるのだろうか?事前宣告も無く突然「あと1時間後にお前は死にます」と言われたらだいたいの人は混乱し、泣き叫ぶと思うのだが。あなたが死ぬ準備をしまーす、はい遺書書いて、と言われたときどういう感情になるのだろうか。まあでも、平静では居られないのだろうな。たとえたくさん人を殺して居たとしても。
まあそれは置いといて、今日初めて会社の近くの一人カラオケ専門店に行った話をする。前々から気になっていたのだが、まあまあ、という感じだった。割高感は否めない。何よりもレンタルのヘッドフォンがくさい。くさすぎる。あまりの酸味に驚いた。何酸なのか?600円払ったが耐えきれず自分のイヤホンを使った。イヤホンとしては今日初めての出番にワクワクしただろう。結論としては普通のカラオケがやっぱり良いっすわ。
特別警報、数十年に1度レベルの災害のときに出るはずなのに毎年出ている気がする。
「ああ、また特別警報か」という空気が世間に漂って「こんなもんか」となったら、「ハイパー特別警報」や「ウルトラスーパー特別警報」とか出るのかもしれない。
Twitter、うまく物事が表現出来なくなったりノイズが増えてきてしまい嫌になってたのだが、Twitterでしか連絡の取れない人や趣味の情報獲得インフラになっており、やめたいのだが難しい状況になっているのでとりあえず書きたいことは全部ブログに書くことにした、文字数の上限が無いことやむやみやたらに自分の発言が人目に晒されないのは気が楽だ。自分はとても思想が強くて人を傷つける節があるので「お前らにおれが理解できるわけがないだろう」と最低のスタンスでこうやって1人でグチグチと言っている方が世界がより平和になる。
「親にお気に入りの物を急に捨てられたことがある」「肌が白いからお前は自分たちの仲間じゃない、というような差別を受けたことがある」みたいな経験をしてきてしまったせいで自分の性格はねじ曲がってしまったし、知らないうちに溜まった怒りが急に噴出してコントロール不能になることが多い、最近はこれが非常に生きづらい。こうやって恥も外聞も投げ捨てて文章に書くのが自分にとって大きな救いになる。
