ゆっくり英語

Siriの読み上げ、めちゃくちゃ不自然な日本語に聞こえるじゃないですか、あれって外国語でも同じことが起こっていたりするんだろうか。

もし私が自動読み上げ機能を使って英会話を勉強して、それで単身アメリカに乗り込んでSiri喋りしたらバカウケしないかな。

外国人がSiriで勉強した日本語です、って言って「はい、なんでしょうか」ってあの喋り方してきたらめちゃくちゃウケると思う。

将来的にはゆっくり音声で日本語勉強した外国人とか出てきて「霊夢〜」とか「うわ〜」とか事あるごとに言われてムカついたりする。

日記 8/29

こないだ急にYouTubeのおすすめに中学入試の図形問題の解説が出てきて、どうやって解くのか普通に分からずにクリックしてしまった。解説している講師の説明があまりに上手くてその人の動画ばかり見ていたら、今度は大学入試の整数問題とかまでサジェストされるようになった。あの時全然解けなかった問題たちが。

今更数学的帰納法ってこういう感じで構築していくのね、とか整数問題のパターンってこういう感じか、というのが分かってきて、あの時何も考えずに愚直に青チャートを解いていた自分が哀れに思えた。そして、時間制限なく取り組む数学の面白いことよ。

高校2〜3年というと精神病真っ盛りという感じで計画性も戦略性もないし、金もないので予備校とかにも行けなかったわけだけど、当時こういうものに触れられれていれば何かもうちょっと変わったんだろうなという気がした。

当時を思い返す。

自力で本質とか答えに辿り着こうと思うと、時間をかけて愚直に試行を重ねるしかなかった。別に授業を完璧に理解できてるわけじゃないから必ずしも答えに辿り着けることもなく、昔はもっと勉強できたのになと思いながらもっと勉強が嫌いになって、机から遠ざかって自己嫌悪で精神をさらに病み、自分ではこの現状をもうどうにもできないから自殺したいと願いながら死ぬこともできず、自傷行為をしては仕方ないからまた机に向かっては愚直に問題を解くみたいな生活をして、努力し続ける能力がないのでiPhone3GSでWikipediaを読んで現実逃避しまくった。こんなんで、なんで大卒になれたんだろう。何かあの時糸口があればあの暗いサイクルから抜けられたんだろうな。

今もほとんど何も変わっていない。

少し変わったのは、自分が頑張れない理由やパフォーマンスが出せない理由を客観的に見て仕組みを作ろうと試みているところだろうか、でも頑張れないし計画性も目標もないのも相変わらずだ。

力が足りないことでまた打ちのめされて努力ができなくて打ちのめされて打ちのめされているじぶんがくだらなくて自己嫌悪で打ちのめされてそれでも自分の意思を貫くには戦い続けるしかなくてもう疲れているのだがやるしかなくてウーウー毎日言っている、あまりにも生きづらい。そもそもどうして私は何者かになりたがっているんだろう、ただ生きているだけじゃだめなのか。でも何かに急き立てられて何者かにならなきゃいけない気がする。これは種の保存とかそういうものに近いような欲求なのかもしれない。

そんなんだから普通に楽しむだけでよかったのに何者かになりたいがために勝ち負けや優劣の概念が出てきて苦しくなって趣味ではなくなってしまったものがたくさんある。苦しみを超えた先により楽しい世界が待ってたりしたのかな。わからない。

エイサーの思い出、とくにミルクムナリ

幼稚園の時に宮古島に引っ越した。

ただでさえ、文化の違いは凄まじく、知らない言葉や遊びや人間関係の距離感に戸惑うばかりの毎日だったが、その中でも一番衝撃的で受け入れがたかったものが「エイサー」だった。

年度の途中で転入することになった学童保育で、同い年の子供たちが知らない民族音楽で踊る様子をただただ見学させられ、純粋に「怖い」と思ってしまったのだ。

方言や訛り、手遊びが若干違えど普段コミュニケーションが取れる子供たちが当然の様子で全く知らんことをやっている。自分だけがわからない。無駄に荘厳な音楽が怖い。歌詞がひたすらに方言で何を言っているのか理解できない。しかし彼らはそんなことはわかり切っていると、疑問も無く踊っている。

そんな様子に、自分はどこまでもよそ者であるということを感じさせられ、それからずっとエイサーというものに拒否反応を持ちながら生きてきた。
数年後に小学校の運動会でエイサーを踊らされたときも、なんでこんなことをしなきゃいけないんだろう、と思っていた。なぜ私にショックを与えた側の文化に染まらなきゃいけないんだろうかと。

それからすぐに宮古島を離れ、私も大人になり、時が経ったことでそのような暗い気持ちも幾らか浄化され、「あれって一体なんだったんだ」という疑問が湧いてくるようになった。

エイサーって何?なんでやるの?いつからやってんの?私が初めて見たエイサーのあの曲は一体なんていう曲なの?歌詞の意味は?なんであんな荘厳なの?やっぱりあれは沖縄の暗い歴史がそうさせるのか? といった疑問が次々に湧いて、とりあえず「エイサー 曲」とYoutubeで検索して出てきたのが、以下の曲なのだった。

あ〜これこれ、この曲ミルクムナリって言うのか〜と思って概要欄を見るとこんなことが書いてあった。

ミルクは「弥勒」、ムナリは「踊る」というインドネシア語。 無国籍音楽者「日出克」と南島詩人「平田大一」の手により生まれた楽曲は、聴く者の魂を鼓舞せしめる力強い曲調で、文化の違いを問わず人々の琴線に触れるものがあります。

https://www.youtube.com/watch?v=6uDI_4QxrJE

インドネシア語?無国籍音楽者?この曲って別にすごい昔からあるわけじゃないの?と、さらに調べると1993年の曲だということがわかった。同い年じゃねーか。あの時これで当然のごとく皆踊ってたけどせいぜい5、6年とかの文化だったってこと?それにショックを受けていた私の繊細よ。騙された気分だ

いや、でもこれ↑のやつ見て欲しいんだけどマジで一切言ってることの意味がわからないし、音楽も沖縄っぽくあり沖縄じゃ無いというか、今聴いてもめちゃくちゃ斬新ですごく面白いんだけど、それを5歳の子供がすっと受け入れるにはかなりハードルの高い作品じゃないですか?異文化にも程があるというか。そのとき流行ってたの篠原ともえとかPUFFYですからね

で、歌詞の意味も私以外の周りの人間は当然知っているんだと思っていたんだけど、歌詞がいわゆる「八重山方言」で、私の住んでいた宮古島の方言体系とは全然違うものだということがわかった。誰も分かっていなかった可能性がある。

しかもこのエイサーの形ができたのも戦後にコンクール化したことによるものらしいし意外と歴史が短いということもわかった。思っていたのと違う。伝統だから歴史文化だからと偉そうに説かれてきたのはなんだったのか。何もあてにならない。

それよりもミルクムナリ、音楽的にめちゃくちゃ面白いなというのが個人的には最も感動したというか、もっと南方や異国の音がしてコアは別に沖縄の民族音楽じゃないんだよな。音階とか。それでも沖縄の人に沖縄の音楽であると受け入れられる言葉のパワーやエッセンスとか、すごく絶妙なバランスで成り立っている感じがする、音楽の詳しいことは知らないけど改めて聞いてこれすごいなと思った。ボーカルの力強さとか。

新しい文化を知ったり楽しむ/楽しませる、知ってもらうためには突然豪速球でぶつけても意味がないんだなと。それまでに地盤ができていないとだめだったり、もっと近いものから試すとか、そうじゃないと受け入れられないんだと自分の身を持って理解した。あるいは、かけ離れたものの場合、時間だけがそれを解決するのかもしれない。

ちょっとどうやって締めればいいかわからないのでエイサーあるある言います

  • 道路封鎖しがち
  • 封鎖された道路の周りで椅子とかシートとか開いて住民が見がち
  • とくに住民は盛り上がるわけでもなく無表情で見がち

ご清澄いただきありがとうございました。

日記 3/20

ただの自惚れだろうし、そのうち未来の自分が「何を言ってるんだこいつは」と思うかもしれないんだけど、最近わかったことがある。私は頭が良い。

子どもの頃から時々頭が良いと言われてきた。親族、周りの大人や同級生、同僚、先輩、上司、など。面接官にも「あなたの頭がいいのはわかりました」と言われて不合格を出された。

ただ、それはテストの点数、突発的な受け答えや所作に対して言われたのであって、自分の定常的な能力に対する評価であるとは思えなかった。勉強はクラスで一番というわけではなかったし、不器用で要領も良くなかった。自分の話はわかりにくいと思っていたし、社会の中で上手く立ち振る舞って役に立っている感覚がまったくなかったので、自分に対して優れている人間というイメージは持つことができなかった。今でも能力の合計値は平均的だなと思っているし、去年WAIS受けた時の結果(IQ107)もまさにそれを証明していると思う。だから頭が良いってどうしてそう思うの?と考えていた。皮肉なのかな、とか。

ただ最近になってやっと、自分の思考力や理解力が優れているから周囲は頭が良いのだと言ってくれるのだと思った。

自分の能力に対する評価が変わったのは、ここ1年の感染症に対する周囲や世間の反応や理解を見ていてわかったと言うのが一つ。おれはちゃんと科学的なソースを自分で探し、それを読んで理解することができる程度には脳みそが恵まれているんだなと。そして自分にも理解できないことや知らないことがあり、間違っている可能性があるということを想像できる程の認知力があるんだなと。

それと、今までの仕事を振り返ってみると、理解力が無いと成り立たない業務をこなしていた。半分以上のチームメイトを失い、ろくにドキュメントも残されていない環境で手探りでシステム理解をして、ちゃんとアウトプット出してドキュメントも残して。自分じゃない2,3年目文系卒がそれやってたらしっかり評価するだろう。でも現実では他人じゃなくて自分がやってきたことなわけで、なんで自分のことになると評価できないのか?自己評価が低かったのか、あるいは高すぎたのか分からないが、とにかく自分の能力がある程度無ければ生き残れなかった。

もう一つ仕事で、蓋を開けてみると私が予言した通りに物事が進むことが多かった。「早くやれっていうけどここは地雷があると思うので慎重にやった方がいい」→結局急かされて爆発、とか。異動で捨てる羽目になった施策や分析結果が1年経ってそのまま再現されてリリースされたりとか。もちろん間違えたこともあるけど、自分が頭使って論理的に導いたことが大きく外れる事はないから自信を持とうと思った。

仕事でさらにもう一つあって、この半年〜1年くらい一般消費者とメールでやり取りする機会が何度もあったんだけど、予想を超えてくるような出来事が何度もあった。結局、自分の周りにいる人ははぁ?と思うことがあっても、みんな会話ができる人ばかりだったんだと気付いた。世の相当数はとくに何も考えずに生きてるし、社会の解像度も低い。もう、どこまで理解できているんだろう、どこから説明すれば理解できるんだろう、いやこれは理解してもらおうという態度ではうまくいかないんだ……。という学びがあった。なるほど、こういう人たちを見たことがあれば、私のことを相対的に頭が良いと称する人はいるだろうなと納得できたのだった。

あ、あとAmong Usが初めての割に結構上手くできた。

正直、自分に優れた能力があると認めるのは恐ろしいことだと思っていた。そこで自分が成長や改善をサボるのではないかとも思うし、驕り高ぶって他人の意見に耳を傾けることがなくなるんじゃないかと。でも今も常に成長出来ているか?他人のことを値踏みしてないか?というとそんな事は全く無いわけで、ダラダラもするし先輩のことをバカだと思って話半分で聴いたりしている。

多分1番怖いのは「自己評価高くして調子乗んな」とか、自己評価高い割に結果が残せなかった時の自己嫌悪や他人の眼差しなのだと思う。ダサいの嫌だなって。それは甘えなので、とにかくやれるだけ頑張って成果残せなかったら自己評価を修正した方が建設的だよね。あと自分の評価を厳しくしても結局「なんでこいつこんな自己評価低いの?」って周囲をイラつかせるだけだし、自分の精神衛生的にも良くない。

おれはほんとダメなんだよな〜って思うより「バタバタしてる環境とか正確に業務をしたり気の利いた一言を言ったりするのは向いていないけど、腰を据えて考えて答えを出すのは得意だし勉強もできる方」って思っておいた方が多分いいんだよな。その方が前向きに働けるし、人生楽しいし、他人にも優しく出来る気がするし。

日記 1/8

前日にやったリングフィットアドベンチャーがあまりにも過酷だったため全く起きられず、ぼんやりとiPhoneのニュースを眺めたり夫としゃべったりしている間に始業30分前になる。

チーズトーストをこんがり焼いて食べ、仕事のやる気が出ないのでヨーグルトにメープルシロップをかけたものもデザートにして、さらに前日に届いたばかりのパーカーを着てテンションを上げる。だが特にやる気は変わらず、筋肉痛で全身がだるく頭も働かなかった。でもパーカーはほっかほかで、こんな寒い日でも暖房無しで過ごせる素晴らしいものだったので嬉しかった。

去年から1人で地道にやっていた仕事が今週の頭にリリースされた。本当に1人でほぼ全ての仕事をやった。珍しく自分やるなと思えるほどの縦横無尽の活躍っぷりだった。が、すぐ後ろにもっと大きなリリースが控えていたため、Slackに書き込んだリリース報告には一切反応がなく、上司にも特に労れることもなく、流石にもうちょっとコメントしてくれても良いんじゃないのと思った。いや、この仕事が賞賛に値するわけじゃないことは知っている。売上は上がらないけどやらないといけない仕事というのは往々にしてそういうものである。だが自分が見放してしまったら私は終わるのでおれは偉いなあと思うしかない。あまりにも辛いので自分で10個くらい賞賛の絵文字を付けた。

そんなことを思い返したり事務作業をしたりぼんやりスケジュールやデザインを組んだ。体調が良くないのであまり捗らない。Slackで同僚が上司の仕事の雑さにブチ切れている。精神がざわつく。そうこうしている間に加湿器の水量が残りわずかというアラームが鳴ったので水を交換し、加湿器にボトルを戻そうとしたときに蓋がキチンとしまってなかったがために300ml以上700ml未満程度の水を部屋にぶちまける。疲れているところに痛恨の一撃。雑巾に吸わせておけと雑巾を投げて放置していると夫が現れ、「つらいね、あなたは何も悪くないよ」と床を拭いて去っていった。

その後はビデオ会議であまりにも無茶な要求に対するデザインを披露し、この要件だとこうなるしかないですわーとヘラヘラ笑いながら説明する。説明し終わってからまたヘラヘラしながら「こんなのおかしいですよね」とやんわりと苦言を呈してみたら要件がどうにかなるかもしれないらしい。言ってみるもんだ。

その後頭の痛い案件(2)と向き合い、疲労困憊の状態で本日の仕事を終える。

疲労困憊なので久々にウーバーイーツをしたら間違って隣の部屋のドアノブにかけられてしまい、扉を明けた瞬間、隣の家の人が「え?何?」とインターホンに出た音が聞こえて冷や汗が出た。恐る恐るドアノブにかかったカレーを回収しダッシュで部屋に戻る。あんまり美味しくなかったが腹は異常に膨れた。多すぎた。

胃を休めた後に、翌日の早朝に予約した粗大ゴミの回収があるため、押し入れの奥に眠っていたシーリングライトに粗大ゴミシールを貼り、収集場所へ持っていく。シーリングライトを持って階段を降りていった。誰に会うわけでもないのに、新しいパーカーに合うロングスカートを履いており、床に擦れてしまうのでライトを持っていない手でスカートを持ち上げ階段を降りていた。それで集中力が途切れてしまったのだろう。最後の踊り場で手が滑ってしまい、シーリングライトの球面が下になった状態でガコンガコン(シャーーーー)!!!!!と言いながら階段を滑り落ちていった。そして、1階に到達した瞬間に、パリィン!といって粉々に砕け散った。手から離れて粉々になるまで恐らく3秒くらいだったが、それよりも遥かに長い時間に感じた。あれが滑り落ちている間、いくつかのことを思い出したり考えたりした。例えば、大学の卒業式に向かっている時に、最寄り駅のエスカレーターの一番上からドでかいスーツケースが落ちてきて、素で「キャーーーーー!!!」と言いながら激突したこと。無傷だったがなんてことだと思った。まさか自分が滑り落とす側になるなんてと思った。その次は、こんな大きな音が響き渡ったら色んな部屋の住人が出てくるのではないか。そうなったらなんて説明しようか。まあすぐに回収場所まで走っていけば誰とも遭遇せずに済むか。その次の瞬間に粉々になったので、急いで自室へ駆け上がり、箒とちりとりを持ってまた駆け降りた。スカートを踏んづけるな、鍵を忘れるな、誰かに会うかもしれないからマスクをしろ、これ以上慌てるな。

結局、ほかの住民が集まることもなく、寒空の下で、粉々になったガラスの破片を掃き集めた。さっき天気予報を見たら1℃だった。パーカーしか着ていないが暖かいパーカーでよかった。こんなにすぐに役立つなんて。帰宅した住人1人とすれ違ったが特に反応されることなく挨拶を交わして終了。その後、私が粗大ゴミを出す前にコンビニに粗大ゴミシールを買いに行ってた夫が帰宅。経緯を説明し、「紙袋を取ってきてほしい」とお願いする。戻ってきた夫の手には、私が2年前に行ったアメリカで手に入れたGoogleの紙袋があった。こんな貴重な、しかもしっかりとした紙袋に入れるのがまさか危険ゴミだなんて当時は思わなかったなと思い苦笑した。

部屋に戻ると、今日あった微妙な出来事が思い返されどっと疲れが沸いてきたのでさっさと風呂に入る。風呂でぼんやりしようと思いシャワーを出してぼうっとしていると急速に排水管が詰まり、水が流れにくくなり、蓋が浮いた。最悪すぎやしないだろうか。速攻で湯船に移動してシャンプーをして上がった。上手くいかない、報われない日が一生には何日かある。