花が綺麗だなんて知らなかった

初コンタクトの会社の人にブログを教えてしまって、性格がやばいという噂が蔓延するのではないかと心配しているが、冷静に考えたら何が問題なんだという気がする。どうせ根暗なのも面倒な性格なのもいずれバレるのである。

ところで、23年間生きてきて草花がこんなに綺麗なものだとは知らなかった。

桜だけはずっと好きだったんだが、こういった花々に対してはなんの感動も覚えていなかった。綺麗だねえ、と言われても「ふーん」としか思えなかった。まさに花より団子。そうだったにも関わらず最近は道端に咲いている小さな花や苔に対してもいちいち感動している。それが振り切って茨城まで花を見に行ってしまったが、感動しっぱなしだった。今は部屋中を植物で埋め尽くしてしまいたいとすら思っている。

2年くらい前に「精神の危機」が訪れた時に、本で「お前みたいな辛い辛いばっかのやつは空の綺麗さや草花の美しさも知らないんだ(要約)」みたいなことを読んで、「確かに知らんな」と思って、心が辛い時こそそういった外の世界に目を向けなきゃな、と思い始めた。それから花が好きになったように思う。綺麗な景色を眺めるだけで心が楽になったり嬉しい気持ちになるという事実は、私にとってはノーベル賞並みの功績である。できればいつもそれを覚えていられれば良いのだが。


最近ちょいちょい「なぜ好かれようとする程嫌われるのか」という話をしていて、こないだ話している途中で自分の中でこれだ!という結論が出たのですが、

「”好かれたい”という感情は大抵相手ではなく自分に向いていて、そのため相手の感情や性質を考慮することなく行動してしまうので、”好意はありがたいけど、なんかやだな〜”という結果を招きがち」

ではないかと。好かれたい、嫌われたくないと思えば思うほど自分にエネルギーが向く気がする。もうその時点で相手のことは視界に入ってない。なので好かれたいと思って行動するのは無駄です。好かれる人には何をしても好かれるし、嫌われる人には何をしても嫌われる。「なんであんなやつが好かれるのか?」って人世の中にいっぱいいるじゃん。もう好かれようとして行動するのはやめにしましょう。自戒を込めて。

2年目に

気がつけば上京して1年が経っていた。「あっという間」という言葉のままだった。もう4月だ、と言っていたらあっと言う間にまた4月が来た。あ、とも言えなかったような気がする。もう明日には後輩が入ってくる。まだ何の仕事も出来ないのに。こうやってすぐ死ぬのだろう。寿命が来るのが先なのか、教科書に教育勅語が載って、そういった思想の人間たちが戦いを始めて死ぬのが先なのか、よく分からないが、ちゃんと生きなきゃいけないなと思う。

1年経てば何かが変わると思っていたが、何も変わらない。OCDは治らないし、家事はどんどん手抜きになるし、相変わらず自分の事しか考えられない。ジムには行き始めたけど体重は増えた。変化はものすごくエネルギーが必要なのだと感じた(体型的にも)。何事も変わらないことを批判する前に、その事実を知った上で作戦を練って変わる必要がある。
会社に入ったら精神の病で壊れるんじゃ無いかと思っていたが、なんとか生きている。案外しなやかな精神を持っていた。良かった。この私が一人暮らしをして、生活できる状態を保ちながら、嫌なこともあったけど1年生きれた、というのは自信になりうるかもしれない。

大きな改善はなかったが、悪化することも無かった1年だった。今年度はもっと良くしたい。自分も周りも。会社の組織が変わって、先輩がたくさん会社を辞めて、2年目とは言え期待や責任は思った以上に増すんだろうなと思う。大変になりそうだけど、逆に言えば、もう新人扱いされる事もなく一人の人間として扱ってもらえるようになるのかもしれない。もちろん経験の差はある程度考慮されないと辛いが、なんとなく「新人だよねー」みたい空気を感じて無意識的に新人っぽく振舞わねば、と思っていた部分があって正直うんざりしていたので、そういう意味ではホッとしている。覚悟して頑張りたい。